フランダースの犬(ネロとパトラッシュの死)
マリー・ルイーズ・ド・ラ・ラメー作 荒木光二郎訳 作曲クーマー
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1 |
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2 |
パトラッシュはしんとしずまり返った
丸天井の広大な空間の中を、
そのしるしをたどっていきました。
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3 |
そして、まっすぐ教会の
内陣の入り口まで来ると、
石の床の上に倒れている
ネロを発見しました。
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4 |
パトラッシュは忍び寄り、
少年の顔を触りました。
「ぼくがあなたに忠実でなく、
あなたを見捨てるとでも思ったのですか?
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5 |
ぼくが犬だからって?」
パトラッシュは人間の言葉は話せませんでしたが、
黙ってさわることで
こうネロに語りかけたのです。
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6 |
少年は低く叫びながら起きあがり、
パトラッシュを抱きしめました。
「一緒に死のう」と、
ネロはつぶやきました。
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7 |
「みんな、ぼくたちに用はないんだ。
ぼくたち、二人きりなんだよ」
その答えに、パトラッシュは
もっとネロのそばに近づき、
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8 |
頭を若い少年の胸の上に乗せました。
パトラッシュの茶色の、悲しい目に、
大粒の涙が浮かびました。
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9 |
自分自身のためではありませんでした。
なぜなら、パトラッシュは
幸せだったのですから。
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10 |
彼らは刺し通すような寒さの中で、
一緒にぴったり寄り添って
横たわっていました。
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11 |
北の海からフランダース地方の
堤防を吹き抜けてきた激しい風は、
まるで氷の波のようでした。
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12 |
それは触れた生き物すべてを凍らせました。
彼らがいた巨大な石造りの丸天井の建物の内部は、
雪に覆われた外の平野より、
もっとひどく冷たかったのです。
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13 |
時々、コウモリが闇で動きました。
時々、かすかな光が、彫像が
列になっているところに差し込みました。
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14 |
ルーベンスの絵の下で
彼らは一緒に静かに横たわり、
寒さで感覚がまったく麻痺して、
ほとんど夢見心地になりました。
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15 |
一緒になって、彼らは
昔の楽しかった日のことを夢見ました。
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16 |
夏の草原の中、花が咲いている
草の間をぬって追いかけっこをしたり、
晴れた日に高いガマの木陰の水際に座って、
船が海の方へ行くのを見た日のことを。
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17 |
突然、暗闇の中から、
大きな白い光が通路いっぱいに流れ出しました。
雲の間から、月が輝きました。
雪は、やみました。
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18 |
外の雪から反射される光は、
夜明けの光のように明るく輝きました。
光はアーチを伝って二つの
絵の上を照らしました。
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19 |
ネロはその絵をおおっていた
覆い布をさっと取りました。
その瞬間、「キリスト昇架」と
「キリスト降架」が見えました。
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20 |
ネロは立ち上がって、
腕を絵の方に伸ばしました。
熱烈な歓喜の涙が、
彼の血の気のない顔に輝きました。
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21 |
「ぼくは、とうとう見ることができた!」
ネロは声を出して泣きました。
「神さま、もう十分です!」
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22 |
足で支え切れなくなって
ひざまづきましたが、
ネロはなおあこがれていた
キリスト像を見上げ続けていました。
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23 |
ほんのしばらくの間、まるで天国の玉座から
流れ出してきたかのように、
明るく、甘く、強い光が、
あんなにも長い間ネロが見ることができなかった
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24 |
神聖な光景を照らしだしました。
突然、光は消えてしまいました。
再び暗闇がキリストの顔を覆(おお)いました。
再び少年は両腕で犬の体をだきしめました。
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25 |
「ぼくたち、もうじきイエスさまに会えるんだよ、
あそこで」と、ネロはつぶやきました。
「イエスさまは、ぼくたちを
離ればなれになさりはしない、と思うんだ」
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26 |
翌朝、教会の大聖堂の聖壇のそばで、
アントワープの人々は二人を見つけました。
彼らは、どちらも死んでいました。
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27 |
夜の寒さは、若い命も、年老いた命も
等しく、凍え死なせたのでした。
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28 |
クリスマスの朝が明けて、
司祭たちが教会にやってきた時、
ネロとパトラッシュが一緒に
石の上に横たわっているのを発見したのです。
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29 |
覆いがルーベンスのすばらしい名画からはずされ、
二人の頭上では、朝日の新鮮な光が、
いばらの冠をかぶった
キリストの頭を照らしていました。
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30 |
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