788665 / マリー・ルイーズ・ド・ラ・ラメー作 荒木光二郎訳 作曲クーマー
フランダースの犬(ネロとパトラッシュの死)パトラッシュはしんとしずまり返った
丸天井の広大な空間の中を、
そのしるしをたどっていきました。
そして、まっすぐ教会の
内陣の入り口まで来ると、
石の床の上に倒れている
ネロを発見しました。
パトラッシュは忍び寄り、
少年の顔を触りました。
「ぼくがあなたに忠実でなく、
あなたを見捨てるとでも思ったのですか?
ぼくが犬だからって?」
パトラッシュは人間の言葉は話せませんでしたが、
黙ってさわることで
こうネロに語りかけたのです。
少年は低く叫びながら起きあがり、
パトラッシュを抱きしめました。
「一緒に死のう」と、
ネロはつぶやきました。
「みんな、ぼくたちに用はないんだ。
ぼくたち、二人きりなんだよ」
その答えに、パトラッシュは
もっとネロのそばに近づき、
頭を若い少年の胸の上に乗せました。
パトラッシュの茶色の、悲しい目に、
大粒の涙が浮かびました。
自分自身のためではありませんでした。
なぜなら、パトラッシュは
幸せだったのですから。
彼らは刺し通すような寒さの中で、
一緒にぴったり寄り添って
横たわっていました。
北の海からフランダース地方の
堤防を吹き抜けてきた激しい風は、
まるで氷の波のようでした。
それは触れた生き物すべてを凍らせました。
彼らがいた巨大な石造りの丸天井の建物の内部は、
雪に覆われた外の平野より、
もっとひどく冷たかったのです。
時々、コウモリが闇で動きました。
時々、かすかな光が、彫像が
列になっているところに差し込みました。
ルーベンスの絵の下で
彼らは一緒に静かに横たわり、
寒さで感覚がまったく麻痺して、
ほとんど夢見心地になりました。
一緒になって、彼らは
昔の楽しかった日のことを夢見ました。
夏の草原の中、花が咲いている
草の間をぬって追いかけっこをしたり、
晴れた日に高いガマの木陰の水際に座って、
船が海の方へ行くのを見た日のことを。
突然、暗闇の中から、
大きな白い光が通路いっぱいに流れ出しました。
雲の間から、月が輝きました。
雪は、やみました。
外の雪から反射される光は、
夜明けの光のように明るく輝きました。
光はアーチを伝って二つの
絵の上を照らしました。
ネロはその絵をおおっていた
覆い布をさっと取りました。
その瞬間、「キリスト昇架」と
「キリスト降架」が見えました。
ネロは立ち上がって、
腕を絵の方に伸ばしました。
熱烈な歓喜の涙が、
彼の血の気のない顔に輝きました。
「ぼくは、とうとう見ることができた!」
ネロは声を出して泣きました。
「神さま、もう十分です!」
足で支え切れなくなって
ひざまづきましたが、
ネロはなおあこがれていた
キリスト像を見上げ続けていました。
ほんのしばらくの間、まるで天国の玉座から
流れ出してきたかのように、
明るく、甘く、強い光が、
あんなにも長い間ネロが見ることができなかった
神聖な光景を照らしだしました。
突然、光は消えてしまいました。
再び暗闇がキリストの顔を覆(おお)いました。
再び少年は両腕で犬の体をだきしめました。
「ぼくたち、もうじきイエスさまに会えるんだよ、
あそこで」と、ネロはつぶやきました。
「イエスさまは、ぼくたちを
離ればなれになさりはしない、と思うんだ」
翌朝、教会の大聖堂の聖壇のそばで、
アントワープの人々は二人を見つけました。
彼らは、どちらも死んでいました。
夜の寒さは、若い命も、年老いた命も
等しく、凍え死なせたのでした。
クリスマスの朝が明けて、
司祭たちが教会にやってきた時、
ネロとパトラッシュが一緒に
石の上に横たわっているのを発見したのです。
覆いがルーベンスのすばらしい名画からはずされ、
二人の頭上では、朝日の新鮮な光が、
いばらの冠をかぶった
キリストの頭を照らしていました。
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