778294 / 作新美南吉 作曲クーマー
赤い蝋燭 山から里の方へ
遊びにいった猿(さる)が
一本の赤い蝋燭(ろうそく)を
拾いました。
赤い蝋燭は沢山(たくさん)
あるものではありません。
それで猿は赤い蝋燭を
花火だと思い込んでしまいました。
猿は拾った赤い蝋燭を
大事に山へ持って帰りました。
山では大へんな騒(さわぎ)になりました。
何しろ花火などというものは、
、鹿(しか)にしても猪(しし)にしても兎(うさぎ)にしても、
亀(かめ)にしても、鼬(いたち)にしても、
狸(たぬき)にしても、狐(きつね)にしても、
まだ一度も見たことがありません。
その花火を猿が
拾って来たというのであります。
「ほう、すばらしい」
「これは、すてきなものだ」
鹿や猪や兎や
亀や鼬や狸や
狐が押合いへしあいして
赤い蝋燭を覗(のぞ)きました。
すると猿が、「危(あぶな)い危い。
そんなに近よってはいけない。
爆発するから」といいました。
みんなは驚いて後込(しりごみ)しました。
そこで猿は花火というものが、
どんなに大きな音をして飛出(とびだ)すか、
そしてどんなに美しく空にひろがるか、
みんなに話して聞かせました。
そんなに美しいものなら
見たいものだとみんなは思いました。
「それなら、今晩山の頂上(てっぺん)に行って
あそこで打上げて見よう」と猿がいいました。
みんなは大へん喜びました。
夜の空に星をふりまくように
ぱあっとひろがる花火を眼(め)に浮べて
みんなはうっとりしました。
さて夜になりました。
みんなは胸をおどらせて
山の頂上(てっぺん)にやって行きました。
猿はもう赤い蝋燭を
木の枝にくくりつけて
みんなの来るのを待っていました。
いよいよこれから
花火を打上げることになりました。
しかし困ったことが出来ました。
と申(もう)しますのは、誰も花火に
火をつけようとしなかったからです。
みんな花火を見ることは好きでしたが
火をつけにいくことは、好きでなかったのであります。
これでは花火はあがりません。
そこでくじをひいて、
火をつけに行くものを決めることになりました。
第一にあたったものは亀でありました。
亀は元気を出して
花火の方へやって行きました。
だがうまく火をつけることが
出来たでしょうか。
いえ、いえ。
亀は花火のそばまで来ると
首が自然に引込(ひっこ)んでしまって
出て来なかったのでありました。
そこでくじがまたひかれて、
こんどは鼬が行くことになりました。
鼬は亀よりは幾分ましでした。
というのは首を引込めて
しまわなかったからであります。
しかし鼬はひどい近眼(きんがん)でありました。
だから蝋燭のまわりを
きょろきょろとうろついているばかりでありました。
遂々(とうとう)猪が飛出しました。
猪は全(まった)く勇(いさま)しい獣(けだもの)でした。
猪はほんとうにやっていって
火をつけてしまいました。
みんなはびっくりして草むらに飛込み
耳を固くふさぎました。
耳ばかりでなく眼もふさいでしまいました。
しかし蝋燭はぽんともいわずに
静かに燃えているばかりでした。
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