522887 / Nagakutusita
萩原朔太郎「遺傳」人家は地面に
へたばつて
おほきな蜘蛛のやうに
眠つてゐる。
さびしいまつ暗な自然の中で
動物は恐れにふるへ
なにかの夢魔におびやかされ
かなしく青ざめて吠えてゐます。
のをあある
とをあある
やわあ
もろこしの葉は
風に吹かれて
さわさわと
闇に鳴つてる。
お聽き!
しづかにして
道路の向うで吠えてゐる
あれは犬の遠吠だよ。
のをあある
とをあある
やわあ
「犬は病んでゐるの?
お母あさん。」
「いいえ子供
犬は飢ゑてゐるのです。」
遠くの空の
微光の方から
ふるへる物象のかげの方から
犬はかれらの敵を眺めた
遺傳の 本能の
ふるいふるい記憶のはてに
あはれな先祖の
すがたをかんじた。
犬のこころは
恐れに青ざめ
夜陰の道路に
ながく吠える。
のをあある
とをあある
のをあある
やわああ
「犬は病んでゐるの?
お母あさん。」
「いいえ子供
犬は飢ゑてゐるのですよ。」
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